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就職活動で問い始める、自分とは何か?

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最近ちゃんと就職活動をし始め、自己分析というものに取り組んでいます。

就活生の多くの人がまず取り組むのが自己分析です。本当に自分がしたいことを掘り下げること、そしてなぜその企業を選んだかを説明できること、これが自己分析が大切な側面の一つだと思います。

僕も就職活動を始める前は、「なんだよ自己分析って...」と思っていましたが、これが驚くべきほど大切なことに気づきます。

就活での企業選びはあくまで手段です。自分が本当にやりたいこと、もっと言えば人生の目的を達成するために、企業を選ぶのが理想的な形です。それを考えるにはまず「自分とは何か」を問い続ける必要があります。

人生の目的というと壮大な話に聞こえます。よくあるのは「貧困を解決したい」「海外で働きたい」などですが、「家族を幸せにしたい」も立派な目的です。大事なのはその目的に至った「なぜ」を深掘ることです。

実際にやってみると、この自己分析という作業は決して簡単なことではないことに気づきます。人は普段無意識に行動し続け、その理由を考え、振り返ることは多くありません。

しかし、自分の興味、関心、何に感動したのか、どういう環境で育ったのか、なぜあの時あの決断をしたのか?などのようになぜなぜと深掘っていくと、自分が何を求めているのか、なぜそういう価値観になったのか、などのように自分という存在が浮き上がってくるようになります。

そして時には、人に認められたい、モテたい、よく見られたいなどしょうもない理由で自分の行動を正当化しようとしていることにも気づきます。(また、僕の場合は、ほとんどが認められたいという欲求にたどり着き最近びっくりしていますorz)

「自分とは何か?」これについて、「スタンフォード大学 マインドフルネス教室」の第3章「本当の自分」で、面白い箇所がありました。

著者のスティーブン氏はスタンフォード大学の授業の最初で、「あなたは誰ですか?」という質問をします。そして、これに対する質問に意見が出やすいよう、人気のコメディーの1シーンを見せます。

そのシーンは怒りの抑制を学ぼうとするセラピーグループの中で会話が行われるところ。ファシリテーターは新しくメンバーとなった男に一見簡単そうな、こんな質問を投げかけます。

「それじゃあデイブ、話してくれ。君は誰だね」

 

デイブは答えます。

「僕は大手ペット製品会社の課長代理で...」

 

ファシリテーターは話を遮ります。

「何をしているかを聞いてるんじゃない。君が何者か話してくれ」

 

デイブは言います。

「あぁ、では、僕は少々テニスをするのが好きで...」

 

ファシリテーターが再び彼を止めます。

「君の趣味じゃないんだよ、デイブ。私が知りたいのは、君が誰かってことさ」

 

窮地に立たされた様子のデイブ。

「わかりません。質問に答えようとしてるんだけど、どうやったらいいかわからないんです。よかったら良い答え方の例をもらえませんか」

と言うと、グループの他のメンバーを向いて尋ねます。

「君はなんと答えたんだい?」

 

ファシリテーターは嘲笑います。

「君はジョーに、自分が誰なのか教えてもらおうっていうのかい」

 

すると皆んなが笑います。デイブは目に見えて動揺します。

「いえ、僕はその...のんびりしたいいやつで、時には冷静さを失うこともあるかもしれないけれど」

 

だがファシリテーターはまたもや彼を遮ります。

「デイブ、君がしているのは君の性格の説明だ。私が知りたいのは、君が誰かということなんだよ」

 

ついにデイブは怒りを抑えきれなくなって、感情を爆発させる。

「あなたが何を言わせたいのかわからないんだよ!」

 

ここまでが本書で紹介されるコメディーのストーリーです。 これはあくまでコメディーの話ですが、もし実際に自分がこんな質問をされたなら、うまく答えられるでしょうか?場合によっては、自己否定された気分になるでしょう。

しかし、この話は「自分とは何か」という単純な質問の奥深さを示すとても良い例であると著者は主張します。

僕たちは、自分を説明するのに、所属や学校、会社、といった外的な識別要素に頼ります。時には活動や趣味、性格について説明することで自分を語るかもしれません。しかし、本当に自分が何者であるかを伝え切るには、これらは十分ではないかもしれません。

もちろん、そんなことを考えなくても、時は流れ、うまくやっていけるかもしれませんが、著者は以下のように訴えかけます。

自己の追求というテーマをより広い視野から考えてもらえるように、このような警告をすることもある。君らが何者であるか自分でわからないなら、誰かが君が何者かを決めてしまうかもしれない。

 

だから自分でわかっていなくてはいけない。私たちは他の誰も知り得ない何かを自分について知っているのだから、その誰かの考えは必ず間違っている。

 

もちろん、自分で気づかない部分が周りに見えているということもあるが、いつだって自分にだけ聞こえる、自分は何者であるかを告げる心の声があるはずだ。偽りのない、本当の自己を発見することこそが君たちの課題だ。

 

自己認識をますます高め、自分の強みや限界を踏まえた人生の目的を見つける旅を、やめてはいけないと伝えている。


少し哲学っぽくも聞こえますが、僕らは真剣に「自分とは何か?」という問いに向き合う必要があります。自分が今やろうとしていることは、本当にやりたいことだろうか?お金や地位、周りからどう見えるかという側面を気にして、しっかりと向き合うことから逃げていないだろうか?

もし、そこから逃げ続けるのなら、人生が終わろうとした時に「あれ?何をしたかったんだろう」と悟ることになってしまう。

就職活動というものにあまりいい印象を抱いてはなかったのですが、自分の自己実現を達成するために、「自分とは何か」を考えることは、実はとてもいい時期なのかもしれない。なんて思う就活解禁の3月を迎えた今日この頃でした。

 

 

 

点は繋ごうとしてはいけない

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ぼくはジョブズの評伝は読んだことはないのですが、彼が残した歴史的スピーチはよく見ます。ふとした時にyoutubeで彼の動画を見ると、その時々で響く言葉や解釈が違って、自分に語りかけてくれる気がします。

この有名なスピーチの中で、よく取り出されるのが「点を繋ぐこと(connectiong dots)」です。これは、人生のどんな出来事も後から振り返ってみると繋がっていたというジョブズの経験からくるメッセージですが、最近は、点というものは繋ごうとしてはいけないな、とよく思うようになりました。

デザインを勉強していると、行動経済学がよく引き合いに出され、バイアス(思い込み、偏見)にとらわれてはいけないという話をよく聞きます。

シリコンバレーで働くエンジニア(ブロガー)の上杉周作さんが最近翻訳された「Factfulness」は、ビルゲイツも絶賛する本で今とても話題になっていますが、本書も思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣をつけようという内容です。(昔は、上杉さんのブログを読み漁っていていたのですが、まだ本書は読めていません。ごめんなさい)

話を戻すと、ジョブズがかけてくれるこのメッセージはとても若者に力を与えてくれるものですが、闇雲に点を繋ごうとすると、それは一種の思い込みになってしまう気がします。バイアスの種類でいうと「確証バイアス」に当たります。

確証バイアス

『自分が好きなもの・信じていること・慣れ親しんでいる価値観(世界観)』などが固定観念としての確証バイアスを生み出し、その結果、見たいものだけを見て聞きたいものだけを聞くという状況を作り出してしまう。

 自分のやってきたことを信じることはもちろん大事ですが、それを無理に正当化しようとして捉われてしまうと、自分を欺き続けることになってしまいます。

とはいっても、やはり人は理由を求めます。過去の経験が今に繋がっていると他人に、もしくは自分にい言い聞かせれば、もちろん説得力は高いし、できるならそういうストーリーを話したいものです。

そんなことを思っていてジョブズのスピーチを見ていると、彼は確かに点が繋がるように信じることは大事だけど、未来を見て繋ぐことはできないと言っていたことに驚きました。

未来を見て、点を結ぶことはできない。
過去を振り返って点を結ぶだけだ。
だから、いつかどうにかして点は結ばれると信じなければならない。

 

you can’t connect the dots looking forward;
you can only connect them looking backwards.
So you have to trust that the dots will somehow connect in your future.

大事なのはやはり、直感を信じることなのです。直感と思い込みを見分けることはどうしても難しい。しかし、自分を欺いている時、違うと思うときは何かきっと違和感を感じているはずです。僕らはその違和感に気付こうとする努力をする必要がある気がします。

そして何よりも大事なことですが、自分自身の心や直感に従う勇気を持ってください。心や直感は、みなさんが本当は何になりたいのかをすでに知っています。他のことはすべて二の次なのです。

これはつまり、何かを信じなくてはならないということです。自分の本能、運命、カルマ、なんでも構いません。点がやがて繋がると信じるなら、たとえ周りの人々が通る道から外れてしまうことになっても自分の心に従う自身が生まれ、これが大きな違いをもたらしてくれるのです。

ジョブズへ、あなたを愚か者だという人はこの世の中にたくさんいるし、あなたが実際にどんな人だったのかもしらない。でも、あなたのメッセージはいつも僕の心に響いてくる。きっと、いろんなことを経験し、少なくとも僕にはまだ見えてない、いろんなことがあなたには見えていたのですね。 

キングダムハーツが照らす、今の僕らに欠けたもの

2019年1月25日にキングダムハーツ3が発表されますね。発売まで1ヶ月を切りました。僕はこのゲームが好きで、プレステの1、2とプレステポータブルのバースバイスリープをプレイしました。

他の作品は、Youtubeで一通りストーリーをみましたが、見終わった後は?が3つぐらい出てきて、全然物語を理解できませんでした。笑

しかし、このゲームでは歴代のかっこいいFFのキャラクターや、誰もが知るディズニーのキャラクターが出てきて、思わずニヤッとしてしまうシーンもあったり、爽快な戦闘、そしてその物語に引き込まれます。

また、メインテーマソングの宇多田ヒカルさんの曲がめちゃくちゃかっこよくて、最近はいつもSpotifyで「誓い」をリピートしています。

www.youtube.com

キングダムハーツという物語が一貫して訴えかけるもの、その一つが「繋がる心」です。主人公のソラは、いろんな世界を旅する中で、迫り来る闇からみんなを守り、仲間との絆を深めていきます。その繋がる心がまたソラに力を与え、宿敵に立ち向かう勇気を与えてくれます。

あらゆる世界を旅して、仲間とお別れすることになりますが、ソラは恥ずかしいくらいにこう言います。「大丈夫、また会えるよ。だって俺たち友達だろ?」

絆、心、友達というキーワードに心揺さぶられます。今の社会は以前に比べ、自分が仲間と思える、身内意識を持てるコミュニティーが少なくなっているかもしれません。

ところが、街から身内がいなくなってしまった。

都道府県や市町村レベルはもちろん、町内や地区という意識も希薄になって久しい。

生活空間も文化も風習も共有しないオートロックマンションの住民やニュータウンの住民には、じゅうぶんに身内意識を持てるようなコミュニティが存在しない。

 

最近の日本人が失ったのは「寛容さ」ではなく「身内意識」ではないだろうか。 | Books&Apps

僕らはインターネットというコミュニティーにそれを求めているようにも見えます。SNSは人の繋がりを広げました。どこにいても、友達が何をしているか知ることができます。しかし、SNS疲れという言葉が生まれたように、他者との比較によって不幸になることも増えました。

人びとは自分の絶対的な立場よりも、世間での相対的な立場を気にする場合が多いということだ。

人間とはうらやむ存在である。他人が持っているものを欲しがり、他人が欲しがるものを欲しがる。

一九五八年、経済学者のジョン・ケネス・ガルブレイスは、多くの消費需要は本質的な必要性からではなく社会の圧力から生じると論じた。

人は、自分がいくら稼いでいるかとか、どれくらい消費しているかではなく、知り合いとくらべていくら稼ぎ、どれくらい消費しているかによって、自分の成功の度合いを判断するのである。

つながり 社会的ネットワークの驚くべき力

ある知り合いの人は、 たくさんのフォロワーを抱え、有名な人と仲良くしている。SNSを見ていると、まるで自分の世界のように彼らのやりとりが情報として入ってくる。そんな光景に僕も疲れることがあります。

しかし、人間が保てる関係というのには限りがあります。人類学者ロビン・ダンバーは、人間が安定した社会関係を維持できる人数の認知的上限は150人ということを明らかにしました。これはダンバー数と呼ばれています。

この説に対して、Facebookでこれが本当か実験した人がいるのも面白いです。

wired.jp

これを考えてみると、いかにSNSでフォロワーを増やしたり、有名な人と仲良くなるために頑張ろうとする、それに憧れることが虚しいことに気づきます。

もちろん友達を増やすのは大切です。しかし、それを追い求めるが上に、周りの人を大切にできなければ本末転倒なのです。僕たちが人にかけられる時間には限りがあるのですから。

キングダムハーツ3のFinal Trailerで、主人公のソラに王様であり、友達のミッキーがこう言います。「1人で抱え込まなくていいんだ、ソラ」

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【KINGDOM HEARTS III】Final Trailerより

こんな心強い友達がいれば、なんて素晴らしいんだ。。。そう周りに求める自分に気づき、自分が友達にそう言ってあげられたらいいな、と思うのです。

結局何が言いたいかといと、キングダムハーツは最高ということです。(ただのミーハーです)

www.youtube.com

blog.tinect.jp

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2019年の初雪から学んだこと

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2019年、京都に新年初めての雪が降った。雨に近い雪で、落ちる速度は早い。でも、雪の落ちる速さと同じくらいに、視線を下に下ろすと一つ一つの雪がゆっくり宙を舞いながら落ちていくのが分かった。

バイト先に向かう電車を待っている間、視線を下ろしたり、じっと見つめたりして雪の速度が変わるのを楽しんでいた。

人生の一つ一つの出来事もこれと同じだなとふと思った。日々起こる出来事に注意を向けなければあっという間に過ぎていく。しかし注意を凝らしてみれば、一つ一つがかけがえのない経験なのかもしれない。

大人になるにつれ、人はどうでもいいことをしなくなる。いかに効率をあげるか?何が価値があるかことか?どうすればライバルより早く上達できるか?

そんなものに目を凝らしていたら、視野は狭くなるばかり。そして、何気ないことから学べることも素通りしてしまう。子供は遊びを通して、無邪気にいろんなものを学んでいく。そこに周りを気にする目はない。

2年前、デザイナーを志してよかったなと思う。デザインを通して、世界の解像度が上がっていく感覚が今は好きで、その学びは今後も尽きることはないだろう。

そして、大人になって、「社会」というものに入ると、一つ、また一つと、感性の受動態が閉じられて、やがて、何も学ばなくなってしまう。言い訳や理屈ばかり長けてきて、口から出るのは、こんな質問ばかり。

 

「いくらするの?」

「何の役に立つの?」

「どんなメリットがあるの?」

 

(子供の時代が終わる時 - 「ムナーリの言葉」より)

イフじゃなく、もう一つのララランド

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https://eiga.com/movie/82024/gallery/

2018年の年末。うちの家では、年末はガキ使でも紅白でもなく、映画を家族で見るようになったのですが、今年は父と映画「ララランド」を見ました。今更感がすごいですが、ちょうどFire TV Stickを買って、テレビでもAmazon Primeが見れるようになり、見放題の中にララランドがあったので、見ることに。

「恋人と見たらダメな映画」「ラストがあんまりだった」など賛否両論の意見があったので、なかなか見ように見れなかったのですが、そんなハードルが低い中見たこの映画、個人的にはとても面白かったです。

映画を見た後、3つのブログを読んでララランドの面白さを自分なりに理解したので、簡単にまとめてみます。年末に瞑想体験ブログをnoteに書いたら1万2千字というやばい長さになったので、今回はサクッと書くように頑張りました(3000字で約1時間でした)

Another Day Of Sunから始まる、現実とは離れたララランドの世界

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https://theriver.jp/la-la-land-opening/

ララランドの冒頭は、役者たちが高速道路の上で歌い踊るミュージカルから始まります。曲名は「Another Day of Sun」

タイトルの「La La Land」には、以下の3つの意味があるようです。

  • カリフォルニア州ロサンゼルス
  • 現実離れした世界、おとぎの国
  • 現実から遊離した精神状態

「この英語の意味なに?」より

この映画はカリフォルニア州ロサンゼルスを舞台とした夢の国で男女が恋に落ち、夢を追いかけ、実現していく物語です。冒頭の渋滞した高速道路から降りる共に、観客も夢の国へと降りていきます。

見慣れたはずの、色あせた現実のLAのハイウェイでの、圧巻としか言いようのないミュージカルシーンで、映画は始まる。巨大なスクリーンは、多幸感に満ちた音楽(しかしどこか陰を感じさせる歌詞)と、様々な色彩の奔流に満たされて、一瞬にして現実を忘れ、夢の世界に連れ去られる。すでに私はこの映画の魔法にかかっていた。(中略)


だからこの映画の舞台は、現代の現実のLAではなく、古き良きLAでもなく、もうひとつのLA――映画の夢とアメリカの夢が生きている「夢の国」なのだ。私たちは、動き出した車とともに、現実のLAから、夢のLA LA LANDに降りていく。
小島監督が見たララランド

面白かったのは、映画のラストと冒頭が繋がるシーン。映画のラストは、夢を実現したミアが、高速道路から降りていき、セブのジャズバーへ立ち寄ります。冒頭と同じく、渋滞の高速道路から降りていくシーンですが、ラストのシーンは冒頭のきらめく太陽のLAではなく、もう一つの夜のLA。

これが現実を描いたLAなのか、それとも別の物語なのかはわかりませんが、最初とラストは明らかに別のLAであることがわかります。そして、最後はミアとセブが出会い、もう1つの並行世界が展開されていきます。

イフじゃなく、もう一つのララランド

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https://eiga.com/movie/82024/gallery/7/

最近、過去に戻って未来を変えるタイムリープ系の映画をよく見るようになりました。「もし〜していたらどうなっていたのか」のイフの物語。しかし、ララランドのラストシーンは、セブが「もし〜していたら」というイフの世界というよりも、2人がこうなっていたらというもう一つの平行世界のように見えます。

つまり、Another Day of Sunの世界。

この最後のシーン見ている時、ぼくは「え、どっちが現実?ラストはどっち?」とドキドキしていながら見ていました。独特な世界観を持つ不思議な映画が終わると、なんとも言えない余白のような感覚が残り、まるで不思議の国から目が冷めたかのように感じがしました。これが今までにない、この映画の印象に残る表現だったのかもしれません。

しかしそれは「あの時別の道を選んでいたら」というifというよりは、「二人が結ばれる運命だったら?」というifだった・・・と私は解釈した。
なぜなら最初に出会った日から巻き戻りが始まったけど、実際その場面は「キスしたかったけどしなかった」というのがシチュエーションではではなかったから。
なのでAではなくBを選んでいたら?というifではなく、はじめからBの運命だったら?というifだった。出会った時にキスをするような二人であったら・・・というような。

幻想シーンは起きなかった過去から始まった。そこから生まれるのは「選ばなかった未来」ではなく「起きなかった未来」だった。「もしも」とは少し違う。
LA LA LAND ラ・ラ・ランド〜ラストは選ばなかった未来か、起きなかった未来か?

コンテキストの欠如は、観客のストーリーで完結する

このララランドという映画は、他の映画とは違う独特の世界観を持ち、かつ様々なコンテキスト(文脈)が曖昧です。昔っぽいのにスマホがある時代背景、2人を取り巻く人間関係、時間が経った間の出来事など、ディティールはあまり描かれていません。

例えば、セブをバンドに誘った友人は、2人の会話からセブはあの友人のことを好いていないことがわかりますが、特にその友人が悪役で悪い部分も描かませんでした。

そう。すべての判断は観る側に委ねられているのだ。その意味で『ラ・ラ・ランド』は徹底的に、まさに徹頭徹尾、「インクルーシヴ」で「オープン」な作品なのだ。

であるがゆえに、『ラ・ラ・ランド』においては「ストーリーがない」とか「人物が描けていない」といった批判もまたまったく的外れなものとなる。この映画をめぐる様々な感想を観てみると、そのことがよくわかる。(中略)


 コンテクストを欠いたまま宙吊りにされた物語にコンテクストを与えるのは、必然的に観客自身であり、観客は、その不在のコンテクストを自分の体験で埋めることで、自分にふさわしい「結論」と「感動」と「自己肯定」を得ることになるのだ。この場面は、まさに『ラ・ラ・ランド』が体現する「オープンネス」の真骨頂と言ってもいいだろう。

チャゼル監督は、あえて(としか考えられない)、物語に形を与えず、それを明確に定義しないことで、「人生ってこういうものだよね」と押し付けられることをきらい、自分なりの「等身大の人生」を生きることを望むわれわれの現代的な感覚をあと押ししてくれる。本作に共感する人がこれ以上もなく本作に感激するのは、だからなのだ。わたしたちは、スクリーンのなかの恋人たちに共感しているのではなく、われわれ自身に共感しているのだ。

『ラ・ラ・ランド』を、擁護してみる

僕はミーハー並に映画が好きなのですが、物語の主人公が夢を追いかける中、困難が立ちふさがり、それでも諦めずに希望を持って夢に挑戦していくストーリーに、特に心惹かれます。そんな映画を見た後は、映画の彼らも頑張っていたように、自分も明日から頑張ってみようと思うのです。

今回のララランドも、いろんなシーンに共感しましたが、それは自分の人生の経験というコンテキストを踏まえた一つのララランドでした。それは観客が持つストーリーの数だけ、映画「ララランド」はいろんな太陽を見せるのでしょう。

映画を見終わった後、父は「恋愛ってこんなもんだよ」って言っていました。きっと、父から見たララランドは僕とは違ったもう一つの物語だったのだと思います。

参考記事

LA LA LAND ラ・ラ・ランド〜ラストは選ばなかった未来か、起きなかった未来か?※ネタバレあり | Rucca*Lusikka

『ラ・ラ・ランド』を、擁護してみる|WIRED.jp

小島秀夫が観た『ラ・ラ・ランド』 | 文春オンライン

 

ご報告:大学を休学しました(2年目)

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(こちらはFacebookで投稿したポストの転載です)

ご報告になりますが、大学を休学しました(2年目)。たまに友達に会うと、「結局何年生なん?」と言われることが多いのですが、1年浪人して、大学3年を終えた状態で休学して、今年もう1年延長しました。あと、先日24歳の誕生日を迎えました。

ちょうど2年前、京都のハッカソンと言われるイベントで、大学生なのに24歳で頭がいいエンジニアの子と出会って「変な人もいるんだなー」なんて思いましたが、まさか自分も同じような状況になるとは思いませんでした。笑(技術力は到底比べられませんが)

今は京都ITスタートアップで、UI/UXデザイナーのインターンとして働いています。去年の春頃、「問題解決をするデザイナー」という職種に興味を持ちました。そこで、東京の有名なデザイン会社で働かせてくれー!ってお願いしましたが門前払いされ、何を血迷ったのか大学を休学してベトナムでデザイナー見習いとして勉強させてもらってました。

最初はいろんなことが楽しかったのですが、いきなり実践の場でわからないことばかりでミスが続いて、段々仕事も任せてもらえず苦しい思いもしました。その時は大変でしたが、今振り返って見るといい経験をしたなーと思うし、逆に今いる環境はいろんな仕事を任せてくれて、いっぱい挑戦させてくれるし、社会に出るのがなかなか遅くなってしまってはいますが、いいんじゃないかなーと思えています。あと、犬と猫がいる会社なので毎日幸せです。

ベトナムにいた時の日本人のメンターの方に言われたことで記憶に残ってることがあります。「君がデザイナーになりたいのなら、なればいい。デザイナーになることに迷っているよりも、なってから悩むことの方がたくさんある」。

実際いまデザイナーとして働いてますが、日々この言葉の意味を痛感するばかりです。デザインをするにあたっては、グラフィックやWebデザイン、日本語の文章力、問題を見極める力、英語、コーディング、コミュニケーション能力、それらを含めユーザーの体験を考えるUXデザインなど本当に毎日学ばなくてはいけないことでいっぱいです。でも、今まで何も考えず行動してきた自分にとってそれはとても楽しいことです。

僕の場合はデザインが好きだからデザイナーになったというよりかは、デザインを学ぶことで世界のいろんなことに興味を持つことができて、それを理解したり、感動できる瞬間が楽しいからデザイナーとして活動してるような形です。

デザインといえば、見た目の綺麗なものを作るイメージが強いと思いますが、僕にとってのデザインの定義は「規制がある中で、使い手の目的を達成(解決)すること」です。それにはやっぱり学ぶべきことがたくさんですが、今は地道に勉強して頑張ろうと思っています。人生は思ったより短いですが、一直線じゃないと思うので、一つ一つを楽しんでいきたいです。

24歳になっての目標は「いっぱい作る」。がんばってるね、と言われるのではなくて、形あるものとして成果やアウトプットを出し続ける。デザインでも、文章でも、ランニングの距離でもいいし、いっぱい自分で成し遂げたことを作り続けて楽しんで行きたいです。

長くなりましたが、今年もよろしくお願いしますm(_ _)m(卒業も、起業も、退職もしてないのですが、何かあるとうれしいなーと思いつつ例のあれ貼っておきます)
http://amzn.asia/dsWbsNg

プロフィールを更新しましたm(_ _)m

こんにちは。みみずのみずのです。基本的に過去の記事を見返すのは気持ち悪すぎてしないのですが、プロフィールの記事が毎度ランキングの4位ぐらいに入っていて少し気になっていました。ブログを始めたばかりの意識だけが高かった時代に書いた内容だったので、「い、いつか変えとかないと。。。」と思いつつも放置してしまっていました。

が、さしぶりに軽くスクロールするぐらい読んでみましたが、流石に気持ち悪すぎたので今回プロフィールを更新することにしますm(_ _)m

簡単な自己紹介

現在は大学を休学してUI/UXデザイナーとして活動しています。特にイラストがうまいとか、センスがあったり、おしゃれ好きというわけではなくて、デザインの問題解決の視点 / 考え方に惹かれ、就職活動が始まる前にデザイン修行を始めました。

高校までは10年以上ずっとサッカーをしていて、1年浪人して大学に入りました。大学1年目は高校の時の先輩と営業の学生団体を作ってテレマーケティングしてました。大学2年目はフィリピン留学行ったり、プログラミングスクールに行ったり。3年目は海外のビジネスインターンしたり、京都のITスタートアップで一応エンジニアとして長期インターンしていました。

大学4年目を迎える時点で1年留学したかったのですが、奨学金が取れず「今もし就職活動を始めてしまったら今後後悔する..!」と思い、挑戦したかったデザインの領域に踏み込むため、休学してなぜかベトナムのITスタートアップでデザイナーのインターンとしてデザイン修行を始めました。現在は京都に戻り、休学は2年目に突入しています。

人気な記事

このブログでは「みみずの人気記事」と称し、記事下におすすすめの記事を固定で表示していますが、皮肉にも一番読まれているのは他の記事です。

なぜその記事が人気かというと「やりたいこと わからない」「やりたいこと みつからない」で検索すると、上位5番目には表示されるからです。

f:id:mimizunomizuno:20180721174531p:plain(厚切りジェイソンには一歩及ばず...)

こちらもできるなら削除したい内容なのですが、この記事のおかげで毎日300人ほどの閲覧数があり、Google様からコーラ1本分ほどのおこずかいが毎日もらえるので削除していませんでした。

あとは、逆に自分が成長できていることをブログに書くことで、同じ悩みを持った人に何か勇気とかヒントとか影響を与えられたらなーと思い残しています。逆に恥ずかしいと思えるのは昔よりも少しはちょっと成長しているかなとも思えるので、「まぁいっか!」と思ったりもしています。

その時は「やりたいことを探すためにいろんなことをとりあえず頑張っていた」みたいな感じでしたが、今は「やりたいことが見つかってそれに向かって頑張れている」ので幸せなのかもしれません。

おすすめの記事

一応さっきの記事が人気な記事ですが、おすすめの記事を以下に紹介しておきます。

1. 好きな本をまとめました。タイトルは少し誇張していますが、選んだ本にハズレはないと思います。

mimizunoblog.hatenablog.com

 2. 幸せについてよく考えるので、幸せに関するTEDトークをまとめました。こちらも世界の著名な方達の研究した内容なので損はないです。

mimizunoblog.hatenablog.com

こちらはTEDトークじゃないですが、幸せに関して少し自分語りしています。自分語りなので少し損するかもしれません。でも頑張って書きました。

mimizunoblog.hatenablog.com

3. 2週間の海外ビジネスインターンに行った時の体験をまとめました。すごくよかったプログラムなので、大学生には是非おすすめです。

mimizunoblog.hatenablog.com

4. Web界隈では知る人ぞ知る塩谷さんにあった時の記事です。この時からぼくはブロガーです。はてなブックマークは沢山つきませんでしたが、塩谷さんの影響力のすごさを知りました。

mimizunoblog.hatenablog.com

 

他リンクとか

1. みみずのみずののデザインブログ

デザインブログはじめました。こちらはもっと気軽に更新したいと思います。

2. Portfolio(制作中)

今までの活動をポートフォリオとしてまとめています。まだ制作段階ですが、もし気になる方がいらっしゃれば載せておきますm(_ _)m

3. UXに関する記事 | UX TIMES

日本にいながら世界のUXが学べるカンファレンス「UX DAYS TOKYO」のスタッフとして活動しています。当メディアのUX TIMESでブログ記事を書かせていただいています。

4. ウィッシュリスト

最後に何かいいことあればいいなーと、Amazonのウィッシュリストを恐縮ながら載せさせていただきます。ほぼ本なので届いた際は全力でレビューさせていただきます。